2023年9月17日(聖霊降臨節第17主日) 説教要約

説教題「神の家に帰る」

聖書:ルカによる福音書 第15章11〜32節

今日の聖句は「放蕩息子の譬え」です。私たちが親しみを持ってよく読まれるところであります。父を神とし、放蕩息子は私。放蕩三昧することで父との関係が希薄となり、最後は身を滅ぼすかのように落ちぶれてしまう息子。息子は後悔し、昔の親と子とが仲睦まじい様子を思い起こし、もう一度父の元へと帰りたいとの思いに満たされます。ここで息子が表すのが「懺悔」です。父に赦しを請い、せめて僕(しもべ)として受け入れてほしいと願い、神の家に戻る決意を示すのです。

遠くから帰ってくる息子を見つけた父親は、走り寄っていき、「晴れ着を着せ」、「お祝いの宴」を設けるのです。そして、「死んだのに生き返った」と喜ぶのです。

「家を離れ旅に出る」、父の家と息子が放蕩の限りを尽くした巷とは、全く違った世界のように見えますが、ちょっとした生き方の違いとして写し出しています。一つは、神の前に生きる生き方もこの世に生きる生き方も、一人の人として、自主的に、自立した生き方が望まれています。しかも、この世と神の国での立ち方は、前者がこの世の富や栄華に憧れる立ち方であり、後者の立ち方は、神の救いに与かりたいと願う立ち方と言えます。ちょっとした自分の姿勢で違ってくるのです。

ただ忘れてはならないことは、人は快楽とか富に執着すると、神を忘れてしまうものといえますが、しかし、父は離れてしまった後も、放蕩三昧をし尽くしている時も、息子のことを一時も忘れた時はないことが、父の喜びようでわかるのです。「死んでいたのに生き返った」と喜ぶのです。「神の前に生きる」ことに神は、一人ひとりに生きることの実感を求めていることが知らされるのです。

主任担当教師 井上 勇一