2026年7月26日(聖霊降臨節第10主日) 説教要約

説教題「神に仕える、その生き方」

聖書:マルコによる福音書 第9章第30節〜第41節

神は世界を創造された。その創造された世界は「極めて良かった」といわれます。その創造されたものの内、人は神の似姿として最後に創造されました。人はその世界を管理する者として神から任されたものの、神との約束を守らずに、「知恵の実」を食べてしまい、神の作った楽園から追放されてしまいました。その後、この地上に生きた人は、神の子らと女との間に生まれたネフィリムが多くなり、このネフィリムは常に悪に満ちた者として地上にはびこったのです。この悪に満ちたネフィリムがはびこった世界を反省した神は、人を創造したことを反省し、全ての生き物を一掃し作り直そうとするのです。それが「洪水物語」でした。ただ、洪水後に生きる者となった人は、決して神の御心に相応しい存在とはならず、ネフィリムの残像を残しつつ、神の民となっていきます。今日は、この人の在り様を前提にして、神の前に生き、神に仕える民としてその在り様を考えます。

イエスは福音を受けるすべての民に向かって「心を尽くし、精神を尽し、力を尽して神を愛せ」と言い、「自分を愛するように隣人を愛せよ」と勧めます。この勧めは言葉を替えると「心を尽くして神に仕える」と同時に「あなたの隣人に仕えなさい」となります。ここで捉えるイエスの考えは、人が神とつながり、人と人とが神と一つとなって、神の愛に包まれていく。そこに神に創造された人の願いがある。人はこの神とつながり、神と一つとなっていくことを願うと同時に、個として独立することを願い、自由に生きたいと望むのです。

イエスの弟子たちは、「弟子の中で誰が一番偉いか」と話し合います。イエス以後、誰が権力の中心に立つか、12弟子の中心となるのか、そんな密談をするのです。イエスはこの弟子を見てたしなめますが、何か、ネフィリムの残像をみるのです。

主任担任教師 井上 勇一