2026年8月16日(聖霊降臨節第13主日) 説教要約
説教題「バルティマイの癒し」
聖書:マルコによる福音書 第10章第46節〜第52節
聖書は神の前に生きる人に何を語り続けてきたのでしょか。一つは人に対する神の思いではないでしょうか。その神は人を励まし、支え、導き、愛し、人を生かそうとし続けるのです。もう一つは「人の弱さ・はかなさ」ではないでしょうか。ダビデの時代、神の国イスラエルは連戦連勝の中、黄金時代を迎えます。ただダビデ王の心中が詩編に残されます。神を讃える一方、ダビデは不安、怖れにおののき、その心情が示されます。神の前に生きる者の「こころの弱さ」と言えるものでした。
又、イエスも福音書を通して、人の弱さを教えます。イスは長患いをする者、障がいを持つ者、差別の中で苦しむ者に寄り添い福音を示し、その結果として「癒し」がなされ、苦難の縄目から解放されてきます。今日の聖書も盲人バルティマイの癒しです。バルティマイにとって生きることに厳しさがありました。その思いがイエスとの出会いに表されます、「憐れんで下さい」という叫びは苦難の叫びです。それを受け止めたイエスは奇跡を起こし、苦難の縄目から解放するのです。バルティマイは己の弱さを苦しみから教えられ、物乞いをしながら己の命を保ち、神の慰め・助けを待ち続けていた、それが「叫び」となって表れ、イエスはその叫びを受け止め、奇跡をもって応えるのです。
パウロは弱さを教えられました。彼は「トゲ」として自らにある苦しみを語ります。そして何度も神に「取り去ってほしい」と願います。そして彼は神の意志をしります。「弱さの中に働く神の力」です。そして「キリストの力が自分の内に働くようにと、むしろ己の弱さを誇る」パウロの信仰が生まれるのです。土の器がある私、そこに働く神の力です。だから、「外なる人」は衰えても、わたしの「内なる人」は日々新たにされていくのです。
主任担任教師 井上 勇一
