2026年5月31日(聖霊降臨節第2主日) 説教要約
説教題「わたしの愛する子」
聖書:マルコによる福音書 第1章第9〜11節
三位一体の主日を迎えました。神が世界を創造し、神の民が誕生してから幾年が経ったのでしょうか。永い年月をへて神の位格が示され、神の全体像が明らかにされました。私たちの信ずる神は「父と子と聖霊なる神」三位一体の神だというのです。神の位格・性格が明らかにされる、それは神が神の形に創造された「人」との関係から、その性格が示されたと言えます。それまでのほとんどを占める時間では、神ご自身によって示されるもので、神は「在って在る方」、「見えない神」、「生きている神」と、人には遠い存在、先の先に在る方でありました。
この神と人との関係において、人は「神の民として生きる道」を選択し、神の前に生きるために「神の教え」に従い、神の前に祈る民を見続ける中で、「神の前に、喜びながら生きるのではなく、苦しみ続ける民の現実」がありました。このことを憂いた神は、「共に生きる」決断をし、わが子を人の世に送る決断をするのです。そして、子を通して自らの意思を示されました。誕生~洗礼~死~復活~昇天という人の生涯をもって示し、神の下に生きる道を示されたのです。
しかも子イエスは生前、弁護者を送る約束をし、昇天後に聖霊がイエスの弟子たちの上に降り注ぎ、イエスの弟子たちがその聖霊を受けるものとなるのです。聖霊は人の内から働き、人を神の世界へと引き寄せていき、人を神の子として仕立てていくのです。
こうして主なる神は、父と子と聖霊なる神であることが明らかにされ、神は人を神の下へと導き、「いつも共にいる」と約束したことが完成するのであります。この約束の完成は、何がそこに原因となることであったのかを考え、神が願う「神の前に生きる人間像を考えてみたい」と思うのです。
主任担任教師 井上 勇一
