2026年2月8日(降臨節第7主日) 説教要約

説教題「罪を赦すイエス」

聖書:マルコによる福音書 第2章第1〜12節

マルコによる福音、ヨハネによる福音は福音書の描き方に共通の特徴があります。それは「緊急性」です。マタイとルカとがイエスの出生、少年時代を描くのに対して、マルコとヨハネはイエスの宣教活動の開始から描き出しています。しかもマルコは病人を癒やし、悪霊に取りつかれた者を癒やすイエスを語り、またヨハネも宜教活動の開始が「水をブドウ酒に変える」奇跡を行うイエスを語ります。今日は何故に「緊急性」をもって福音書が描かれたのか、この点を考え、この世にもたらされた福音の必要性を考えます。

イエスの時代、福音の舞台となるイスラエルはどんな社会状況であったか、民衆はどんな生活をしていたのか、垣間見ることの難しさがあります。ただ、私たちは、当時の民衆がイエスの福音を求める強さや緊急度を、イエスを求め、イエスと向い合った人たちを通して知ることができます。そこには、想像を絶するような「生きることの厳しさ、苦難」の故に、狭い限られた地域にあって、5000人、4000人の者がイエスを求めたことが想像されます。この厳しさは何であったのでしょうか。

イエスは「障がいを負った者」を癒やし、「病気の者」を癒やします。彼らは「罪人」のレッテルを貼られ、イスラエル社会から除外されて差別された生活を強いられていました。また健康な者でも差別された人は社会から厳しい目で見られる職業しか着くことができません。ローマの支配、領主ヘロデの支配の中で、民衆は閉塞感と抑圧された生活を強いられ、自由に生きることが許されない、そんな世界、それがイエスの登場を促す「緊急性」ではないでしょうか。

イエスはこの社会に福音をもたらしました。それは「死を超えて、神の命に生きる道」を示すという、神の真理、「救いの道」を明らかにするのです。癒された者は自由にされたという「解放感」を味わったのではないでしょうか。

主任担当教師 井上 勇一