2026年4月26日(復活節第4主日) 説教要約
説教題「復活の主に出会う」
聖書:ヨハネによる福音書 第13章第31〜35節
聖書をみると、私たちの力の限界を超えるようなことを聖書は描き、私たちに向かって「信ずるものになれ」と勧めます。聖書は淡々とイエスの生涯を語り、十字架に架かり命を閉じます。そして3日後に復活したと明らかにしますが、葬られた墓にはイエスの姿はなく、ただ「約束通り、ガリラヤで会う」と告げるのです。その後に弟子ペテロやトマスと出会う復活の主が語られます。そして、復活の主は「見ないで信ずるものなれ」と勧め、「私に従え」、そして「私の羊を飼え」と勧めるのです。イエスは40日間弟子の前に復活の身体を現して、神のへと帰っていくのです。
イエスは救い主のしるしを明らかにするために、身を削るようにして福音を明らかにし、「復活のしるし」を無くなった身体を通して示し、この世という場ではすべてをゼロにして救いの道を明らかにします。「空っぽになった墓」、「見ないで信ずる者になれ」と、この二つのイエスを示す在り様は「イエスの託した約束」によって結ばれ、イエスを信ずる者が変えられる原点となるのです。
ヨハネは「父と子とが一つであるように、イエスと弟子とは一つとなる」と諭し、自らの死と復活を通して新しい命の道を示しています。しかも、「真理の霊」を送り、「あなたがたの中にい続ける」と約束するのです。
このイエスの約束を受け、キリストを真理として受け入れるためにイエスは「互いに愛し合え」と勧めます。「愛し合う」行為が、自らとイエスとの「頼関係」を育て、「わたしを受け入れる者は、私を遣わした方を受け入れる」と、言仰の成長を促すと言うのです。
ここでイエスは弟子たち足を洗う行為を示します。足を洗う行為は「愛し合う」心の対極にある行為としてあり、愛する度合いを示しているように思えるのです。
主任担任教師 井上 勇一
