2026年8月9日(聖霊降臨節第12主日) 説教要約
説教題「神の国と子ども」
聖書:マルコによる福音書 第10章第13節〜第16節
聖書に描かれる「子ども」の描写はあまりありません。しかし、親と子との関係、神と人(神の子)との関係で描き出される物語は多くあります。聖書が描く「子」は、神に近い存在、神の救いに与かることが赦された存在として描き、子どもが「救いの世界」における「モデル」として描き出されています。イエスも「神の国はこのような者たちのものである」と子どもを祝福します。
親と子との関係で語られる物語として、アブラハムと息子イサクとの関係は知られる所でありますが、私たちは子以上に親アブラハムに比重を置きます。親の神に対する忠誠と神への絶対的な信頼を見ますが、子イサクも親を信頼し、服従し、すべてを父に委ねていくのです。イエスは「神の国は子どもたちのような者のものである」と言いますが、子どもの何が 神の国が子どものものなのか、考えさせられます。
今日の聖書は、子どもの心の純真さをもって、大人である者へ神の国への道を説くイエスが描かれます。ここで強調される子どもの心は純真さと素直さでありますが、この心があって、マタイを通してイエスが言う「幸いなる者」に通じていくのではないでしょうか。子どもの世界は必然的に「義に飢え渇き、憐れみ深く、こころ清く、平和を願う」心を備えるのです。しかも「心貧しさを備え、他者のために悲しむこころを備え、柔和なこころをもって接し、憐れみ深い」のであります。ゆえに、イエスは「神の国は子どものもの」であると言うのです。
パウロは言います。「私たちは神の子とする霊を受けた」「この霊が私たちが神の子であることを証ししてくれ、神をアッバ(父)とよび、父の相続人としてくれた。」と。私たちは、聖霊によって、神の子とされた、故に「神の子として生きていくこと」が望まれるのです。
主任担任教師 井上 勇一
