2026年9月6日(聖霊降臨節第16主日) 説教要約
説教題「神に応えながら生きる」
聖書:マルコによる福音書 第12章第35節〜第44節
この数カ月、礼拝において「聖書における神と人との係わり」を中心にして聖書を読んできました。そこでは、人以上に神が強く深く関係を作ろうとする働きに感嘆し、感謝する思いにさせられました。そこで、もう一度、関係を顧みて係ろうされる神の意図を考えてみたいと思ったのです。
今日の聖書に「メシア」という言葉が使われます。イエスの弟子ペテロが「あなたはわたしをどう見ているか」と問われると、「あなたはメシアです」と応えます。このメシアは「油注がれし者」という意味、ギリシャ語では「キリスト」をさす言葉です。今日の聖句では「メシア待望論」違いを正すイエスがあるのですが、多くの人は「メシアはダビデの子、ダビデの再来」への期待として受け止めていました。これに対してイエスは「メシアは神の元から派遣される者」と正すのです。このイエスの考え方は、ペテロが「あなたはメシア」と告白する「メシア」は「神の子」「救い主」とが一つとなった表現と言えます。ここで大切にしたいのは「神の子メシア」をこの世に送り続ける神の意思」であり、「係わり続ける神」です。神と人との関係、しかも「時を超えて」係わる神であります。「油注がれし者」、「頭に手を置き祝福される者」と、イスラエルは代々にわたって「神の子」を待望してきたと言えます。このイスラエルの救い主の待望こそが「係わる神」に対する応答という信仰姿勢と言えるのです。
神は最後、神の意思を表すメシアをこの世に示されます。それがイエスであったのです。イエスは「死と復活」をもってその意思を示されます。人が乗り越えることができなかった壁を打ち破り、新たな神の世界を明らかにされました。この神の係りの強さ・太さは、神の愛おしさの強さ・太さを示す神の子の行為と見ることができます。そのイエスは人の在り様を律法学者と貧しいやもめの信仰を通して明らかにするのです。
主任担任教師 井上 勇一
