2026年9月27日(聖霊降臨節第19主日) 説教要約

説教題「ゲッセマネの祈り」

聖書:マルコによる福音書 第14章第32節〜第42節

エルサレム入場を果したイエスは、宮清め、ベタニアでのナルドの香油の塗油、最後の晩餐、ゲッセマネの祈り、そして十字架の死と慌ただしく罪の働き、子羊の業を行います。このイエスの前に立ち振る舞う人の姿は迫害をする圧政者の振る舞い、弟子たちの振る舞いなど人の振る舞いは、神による選びが為されることを暗示するような動きを示します。

神の前にしたこの人の在り様に対して、イエスは罪に向けて道を示しつつ、神の子と人の子との狭間で苦しみます。このイスの苦しみは、人が死に直面した時に襲われるであろう苦しみを示し、人の心に満たされる苦悩と見ることができます。イエスも同じ苦しみを体験し、そして「十字架による死」を迎えるのです。ゲッセマネの祈り、死を前にしたイエスの嘆きはイエスの苦難の深さを示していますが、この苦難は「人が受ける魂の底からの苦悩」と言われ、人が死を前にして受ける「苦難」の総称と言われます。イエスはこの苦難を負って死を迎えるのです。

イエスは「死んで、葬られ、3日後に復活する」が、3日という時間は完全に死んだイエスと表現される。その後に神はイエスを復活させる。3日という完全な死は人の子イエスを怖れと不安に終始させるが、イエスはゲッセマネの祈りをもって神への信頼の確認をし、十字架に向かう決断をする。この神への絶対的な信頼が復活につながっていく。

このイエスの苦難と決断の祈りは私たちに問いかけます。「あなたは苦難のただ中にあっても神を頼できるか」と。マリアはナルドの香油を塗ることで、死の先に新しい命があることを悟り、感謝を捧げました。弟子たちは死を前にイエスの元から逃げてしまいますが、呼び戻され、復活のイエスに会うことで神を信頼することで恵みを受けることを知るのです。それで、「あなたはどうなんだろうか?」と私に問いかけられる声があるのです。

主任担任教師 井上 勇一